◆商品<油条・伊府麺>

2014年07月18日

本日は、中華揚げパン「油条」をご紹介いたします

油条

中国や香港、台湾などでは、朝食にお粥や豆乳と一緒に食べられます。

旅行に行かれた方は食べたことのある方も多いのではないでしょうか?


こちらの油条、中国人の職人が一本一本手作業で製造しています

製造工程をご紹介いたします。

1、麺棒を使って生地を細く薄く伸ばします。(↓)
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2、伸ばした生地を、包丁で均等の大きさに切っていきます。(↓)
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3、切った生地を2本重ね、真ん中を棒で押さえて、横に引っ張って伸ばします。※こちらは動画でご紹介いたします(↓)


4、油で揚げていきます。油の中に入れると大きく膨らみます。(↓)
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5、キツネ色に揚がれば出来上がりです(↓)
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小さく切ってお粥の薬味に使ったり、カットして炒め物の中に入れたり、またすり身をつけて揚げ物などにもご使用いただけます


油条の国内製造メーカーはあまりありません
興味のある方は是非お気軽にお問い合わせください

【商品案内】
商品名:油条(ユージョウ)
規格:約35g×20本×5P
調理方法:自然解凍、もしくは140℃の油で約10秒揚げてください。

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〜お問い合わせはお気軽にどうぞ!〜
有限会社 五十番食品
〒818-0066 福岡県筑紫野市永岡1312
TEL:
092-928-0050  FAX:092-928-7650
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panda50ban at 10:40

2014年07月09日

本日は、インスタントラーメンの元祖とも言われる麺「伊府麺(イーフーメン)」のご紹介をいたします

伊府麺
↑ 麺の色が「黄色」ですが、これは小麦粉を水ではなく「卵」で練っているからです。

卵で練って作った麺を茹でたあと、油で揚げています。(↓)


※伊府麺の製造工程はこちら。(↓)
http://blog.livedoor.jp/panda50ban/archives/1697554.html


冒頭に「インスタントラーメンの元祖」と書きましたが、何故そう言われているのか・・・。

それは、伊府麺はそのまま「揚げ麺」として使用するのではなく、使う時に「お湯に戻して」柔らかくしてから調理する麺だからです

こちらは調理例。(↓)
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↑ このように他の具材と一緒に炒めて焼きそば風にしてもいいですし、「湯麺」にして使っているお店もございます

平麺で、ツルツルとした食感でとても美味しいですよ

常温で保存できるのもとっても便利です


ちなみに「伊府麺」の名前の由来は、

「清朝の文人官僚、伊秉綬(い・へいじゅ)の家(府)の名物料理だったのでこの名がついた。鶏のスープを張った土鍋で具と一緒に伊府麺を煮込む。不意の来客に備えた保存食だったが、味の良さが評判になり、庶民の間に広まったという」

伊さんの家(府)の麺なので、「伊府麺」という名前になったそうです

炒めても湯麺としても使用できる「伊府麺」、興味のある方はお気軽にお問い合わせください

【商品紹介】
商品名:伊府麺(イーフーメン)
規格:5玉×8袋

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〜お問い合わせはお気軽にどうぞ!〜
有限会社 五十番食品
〒818-0066 福岡県筑紫野市永岡1312
TEL:
092-928-0050  FAX:092-928-7650
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panda50ban at 15:02

2013年03月21日

73bcfedd← こちらは「油条」

油条は小麦粉で作った生地を二つ重ね、油で揚げたものですが、この油条についての“怖すぎる話”を、先日20数年ぶりに再会した伯父に教えてもらいました

伯父が以前「油条と油炸桧について」というタイトルでコラムを書いたそうで、その原稿をメールで送ってもらいました

私が下手にまとめるよりも、原文を読んだ方が絶対面白いと思ったので、以下転載させていただきます。

少し長いですが、全部読むと本当に面白いです

背筋がゾ〜ッとする油条の“怖すぎる話”を是非最後までお読みください

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「油条と油炸桧について」   2012年4月  王基良

「数典不忘祖」とは私の持論である。浙江省同郷会もその趣旨で組織されたものだと考える。そこで今回は「油条」の話をしよう。

南京町で売っている「油条」を日本語では「揚げパン」と言っている。
あまりピンとこない。それでは少々しつこいが、普通の食パンを一切れ(一枚)食用油で揚げたものこそ「揚げパン」ではないかと聞きたがる、まあ、郷に入れば郷に従おう。

ここで華僑の中の浙江省寧波の方々にお聞きするが、「油条」はもともと寧波語ではどう言うのか。おそらく還暦を迎えられた方でもすぐにはお答えできないのでは。

昔から江蘇、浙江省両省の人間は朝食といえば「おかゆ」と「泡飯」(お湯ずけ?)である。その時のオカズといえば「油条」がポピュラーだった。

従前の人は「油条」とはいわず、「油炸桧」という。

それにまつわる故事がある。
およそ杭州へ観光に行くとガイドさんが決まって湖畔の岳飛(ガクヒ)墓地を案内してくれる。そこには宋の岳飛の伊帽塚としてのお墓がある。
その横に南宋の宰相秦桧(シンカイ)夫妻の跪いた鉄像がある。

岳飛は金国(いまの東北地方・満州)の南侵を阻止し、勇ましく抵抗した名将である。
彼は勝利を勝ち取り強敵金軍を国境外に追い返そうとしたその矢先に、軟弱無能な南宋高宗皇帝は金の脅威に屈し、宰相秦桧と結託して抗金の勇将岳飛にありもしない罪名をきせ、十二通の召還令で臨安(いまの杭州、当時は南宋の都)に呼び戻した。
謀反罪をでっちあげられた岳飛は風波亭という東屋で処刑された。
岳飛の背中には岳飛の母の手で「精忠報国」と四文字の入れ墨が刻まれてある。「忠君愛国」の志を謳っている。

一方、当時の邪悪な奸臣で宰相の座に居座っていた秦桧は人々に憎まれ、万民に罵倒される存在であった。
強烈な対照である。

当時臨安のある小さな茶屋の店主が人々の憤りを朝食のオカズに表現しようと思いついた。

彼はまず、小麦粉に水を混ぜてこねながら細長く伸ばし、短い棒状のものにし、二つ重ねて秦桧夫妻になぞらえ、それをくるくるまわしながら30センチ位の長さの螺旋状の「条子」をつくり、それを大鍋に沸騰する食用油の中に投じて揚げる。

その店主はそれを「油炸桧」と名をつけた。

つまり奸臣秦桧夫妻を油で揚げ、徹底的に打ちのめしてやるという意味合いが秘められている。

それから幾年経ち、秦桧夫妻の死後、岳飛墓地の横に跪いた秦桧夫妻の鉄像が鋳造され、永遠に奸臣として人々に罵倒されてきたのである。
以上が「油条」が「油炸桧」と呼ばれた経緯である。

その店主も臨安で商売繁盛し、江南の多くの町にも「油炸桧」の店が雨後の筍のようにでき、「油炸桧」は人々の朝食の不可欠の食品となった。

それ以後、五百年もの歳月が流れ去った。
秦桧夫妻の跪いた姿の鉄像も493年もの長き年月を経て今日に至った。
ところが最近になって歴史上定論済みの秦桧に対する名誉回復の動きがでてきた。

昨年の10月、上海の芸術家金鐸が証券ビルの展示会に秦桧夫妻の立像を展示に出し、大きな物議を醸した。
493年も跪いてきた秦桧夫妻が突然立ち上がったのである。

芸術家金鐸の言い分は「今は21世紀である、封建時代の非人道的な跪く姿を変え、人権、女権を重んじるべきであり、493年も跪いてきたのだから立たせて一息つかせてもよいのではないか」と。

金鐸と相呼応したが如く、今度は南京大学の歴史専門家高栄践教授も今までの忠臣岳飛、奸臣秦桧というほぼ五百年もの昔の歴史的定論と構図を真っ向から否定し、秦桧の汚名を返上し、その名誉回復を図ろうとも受け止められる言動にでた。

高栄践教授曰く、「岳飛は忠臣、秦桧は奸臣という古来の定論は疑わしい。いまでも宋史の専門家たちが論争を続けており、忠臣・奸臣と決めつけられる証左がないし、したがって人々を承服させる結論にはいたっていないのだ」と。

このように一味違った、型破りの秦桧立像展の初日には千人もの観客が殺到した。

秦桧の後世の孫にあたる秦世紀(80歳)もその一人であったが、口を閉ざしたまま、一言も感想を述べなかった。

一方、岳飛の30代目の孫にあたる岳順元(南京在住、60歳)は、この情報に接し、マスコミに対して次のように述べた。
「ご馳走するから、秦氏と一度お逢いして酒を飲みながらお互いの祖先のことを討議しようではないか」と。
はたして、酒杯を交わしたかどうかは定かではない。

ともあれ、このような動きは瞬く間にネットワークを介して全国に伝わった。
あの芸術家金鐸はネットワークで罵倒され袋叩きのうき目にあい、展示初日をもって、その立像を自ら撤去したというのである。

私がここで思うのは、「善人も悪人も死ねばみんな仏だ」とよく言われるが、中国にも「放下屠刀立地成佛」(殺人の刀をおろせば立所に成仏」とあるが、現実はそう甘くはない。 
国柄がちがい、文化や風習 の異なるのも誤解や葛藤を生じがちであると言うことである。

※注記:「数典不忘祖」; 歴史を語る時は祖先を忘れてはいけない。ルーツをけっして忘れるなと言う古い熟語。

※参考までに:
 北京語(普通話)は、「油条」・・・音読では「ヨウ テイアウ」
 
 浙江省寧波(市)語(方言)は、「油炸桧」・・・音読で「ユーザクエイ」

*************************

以上です。
最後までお読みいただきありがとうございます

岳飛と秦桧の故事、怖すぎて本当に面白いです

そして500年近くも跪いていた秦桧夫妻が「突然立ち上がった」というくだりがとても面白かったです

皆さんも油条を食べる時には、是非この怖〜い物語を思い出してみてくださいネ

伯父さん、面白いコラムを本当にありがとうございました


panda50ban at 13:05

2013年03月07日

今日は「伊府麺(イーフーメン)」の製造工程をご紹介いたします

画像 358849伊府麺とは、小麦粉を卵で練った麺を茹で、そのあと油で揚げたものです。

← こちらが茹でた卵麺。

卵の黄色がキレイですね〜

画像 358853← 茹でた卵麺を、規定の重量に量っていきます。

一カゴが、麺一玉分になります。



画像 358860← カゴに小分けした麺を、油の中に入れて揚げていきます。





画像 358865← コンロの火は真っ赤に燃えています

油は200℃以上の高温です



画像 358866← 数十秒揚げたら、油の中から取り出します。

丸い鉄の枠の中に入れて揚げているので、大きさが一定に仕上がります

ここまでの工程を動画でもご紹介いたします。
(↓ 下の動画をクリック



画像 358870← こちらが揚げたあとの伊府麺。

半日油切りしたあと、袋詰めしたら出来上がりです

さて、こちらの伊府麺、どんな風に調理するのかというと・・・使う時にお湯で戻して柔らかくしてから調理するんです

「油で揚げた麺をお湯で戻してから調理する」・・・皆さんの身近な食べ物で同じように調理するものってありませんか??

・・・そうです

伊府麺は、「インスタントラーメン」の元祖と言われている麺なんです

「伊府麺」の名前の由来は、「伊」は人の名前、「府」は家で、「伊さんちの麺」という意味です。

清の時代の文人官僚、伊秉綬(い・へいじゅ)さんの家(府)の名物料理だったのでこの名がついたそうです

【商品紹介】
商品名:伊府麺(イーフーメン)
規格:5玉×8袋

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〜お問い合わせはお気軽にどうぞ!〜
有限会社 五十番食品
〒818-0066 福岡県筑紫野市永岡1312
TEL:
092-928-0050  FAX:092-928-7650
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panda50ban at 12:57

2012年05月18日

本日は「伊府麺」をご紹介します

伊府麺とは小麦粉と卵で練った麺を油で揚げたものです。

画像 356747← こちらが油で揚げる前の卵麺です。

かごに入れて水にさらしておきます。



画像 356758← 水にさらした卵麺を既定の重量に量って、「青い」かごに入れていきます。




画像 356762← ちなみに「青い」かごを使っているのは異物混入対策のためです。

「青」は食品にはない色なので、万が一かごが割れて異物混入があった場合にも発見しやすいんです

(ちなみに工場では、絆創膏も「食品・医療品工場用」の青い絆創膏を使っています。)

画像 356769← 小分けした麺を、ひとつひとつ手作業で揚げていきます。

油は200℃以上の高温です


画像 356778← 数十秒揚げたら出来上がり

丸い筒の中に入れて揚げるので、形は一定の大きさになります


画像 356755← この状態で半日油切りをします。

伊府麺は常温で保存でき、使う時はお湯で戻してから使います

インスタントラーメンの元祖と言われる麺です

ちなみに「伊府麺」の名前の由来は、

「清朝の文人官僚、伊秉綬(い・へいじゅ)の家(府)の名物料理だったのでこの名がついた。鶏のスープを張った土鍋で具と一緒に伊府麺を煮込む。不意の来客に備えた保存食だったが、味の良さが評判になり、庶民の間に広まったという」

伊さん家の麺なので、「伊府麺」という名前になりました



panda50ban at 20:04
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