2025年12月09日

悪人だらけの会社!

先日ある講演を聞いた時に、こんな仏教の説話を引用していました。

すごく勉強になったので皆さんにもご紹介させていただきます

****************
<悪人の家・善人の家>

ある所に2軒の家があり、1軒は毎日家族が喧嘩ばかりしています。

もう一方の家はとても仲がいいので、喧嘩ばかりしている家の主人が仲良しの家の主人に「どうしておたくは仲良くできるのか」と秘訣を尋ねました。

すると、「あなたの家族はきっと善人ばかりなのでしょう。我が家は悪人ばかりの集まりだから喧嘩がないのです」と答えられました。

どうも意味のわからないまま帰った次の日の朝、隣の仲のいい家族が大騒ぎしています。どうも飼っていた馬が家の中に飛び込んで暴れ回ったらしいのです。

これは喧嘩が始まるぞと覗きに行きますと、そこのおじいさんが「私が悪かった。昨夜馬の繋ぎ方が不注意だったからこんなことになった」と言いました。

するとおばあさんが出てきて、「この私が不注意でした。私が悪いのです」と言う。

今度は若い主人が出てきて、「年寄りは早く寝て当然。この私が若いくせして不注意でした」と言っていると、その奥さんが「いいえ、私が悪かったのです」と言い合っている姿を見た喧嘩ばかりの家の主人はやっと頷けたのです。

「なるほど、我が家は悪人ばかり集まっているから喧嘩にならない。おたくは善人ばかりだから喧嘩ばかりと教えてくれたのはこのことだったのか。我が家も見習って、悪人ばかりの家にしよう」

「私が正しい」「私は間違っていない」という善人の家は、いつも「悪」のなすりつけあい。

悪いのはいつも自分以外の誰かなのです。

一方悪人の家では「私が悪かった」「私の方こそごめんなさい」と非を認め合うというお話しです。


こちらのサイトから引用させていただきました)

****************

なるほどな〜と思いました。

これは家族の話ですが、会社でも同じことが言えると思います。

****************
<ある食品工場の話>

ある会社で、製造ラインに小さなトラブルが発生しました。
作業が一時止まり、原因を調べることになりましたが、集まったメンバーは口々にこう言いました。

「私は悪くありません。指示が曖昧だったんです」

「いや、それは前の班の人がちゃんと引き継いでいないからです」

「そもそも道具を準備した人が悪いんじゃないですか」

誰も自分の非を認めず、矛先はいつも“誰か”に向けられます。
その場の空気はどんどん重くなり、トラブルの原因も解決策も見えなくなっていきました。

まさに“善人ばかりの家”のように、皆が「自分は正しい」と思い込み、責任を押しつけ合う状態です。


一方、別の部署で同じようにトラブルが起きた時のこと。
作業が止まり、全員が集まりました。

すると、最初に班長が言いました。
「これは私の指導不足です。もっと丁寧に説明すべきでした。」

続いて先輩が言いました。
「いや、自分も一緒に作業していたのに気づけませんでした。申し訳ない。」

さらに周りにいたスタッフたちも、
「私も確認すべきでした。」
「自分も気を付ければ防げたかもしれない。」

と、誰もが他人を責めずに「自分の改善点」を探していました。

不思議なことに、こうした場ではトラブルの原因がすぐに見つかり、「じゃあ次からこうしよう」という前向きな提案が次々と出てきます。

これが“悪人ばかりの家”——
つまり、自分の不足を素直に認められる人たちの集まり です。

****************
↑ ↑ ↑
この例え話、実はChatGPTに作ってもらいました

さすが私が“食品工場の社長”と知っているだけあって、そのまま朝礼でも使えそうな例え話を作ってくれました


仕事で問題が起きた時、「自分は悪くない」「誰かが悪い」と人や環境のせいにするのは簡単です。

しかし「自分が正しい」と思い込んでいる人は、自分の行動を変えないので全く成長しません。

たとえ人の失敗であっても、「私の指導が足りなかった」、「同じ部署で作業していたのに気づけなかった」、「次は私がサポートしよう」と、自分ごとと捉え反省できる人は、次からの行動が変わるので成長できますし、そういう人がたくさん集まれば集まるほど会社組織も強くなります。


私は五十番食品をそんな「“悪人”だらけの会社」にしたいです

そんな中でも私は五十番食品一の“大悪党”になりたいと思いました


panda50ban at 17:24
社長の勉強 
Instagram
公式LINE
友だち追加
記事検索
Archives