2017年02月
2017年02月24日
昨日は、NPO法人九州プロレスの後援企業感謝の集いに出席してきました
行われたのはグランドハイアット福岡。
会場に入ると、なんとリングが設置してあってビックリ
シャンデリアの下にリングという見たことのない景色です
そのリング上で、理事長の筑前りょう太さんの挨拶からスタート
筑前さんが挨拶の中で「今から皆さんでスクワットをしましょう」と呼びかけ、なんと出席者全員でスクワットをする羽目に
普段運動を全くしない私は、10回のスクワットで足がガクガクしてしまいました
九州プロレスは高齢者施設や児童養護施設などへ施設慰問の他に、不登校や引きこもりなどで学校に通えない子供が通うフリースクールでプロレスを教えています。
今回は、そのフリースクールに通う生徒によるプロレスの試合も行われました
それぞれが思いっきり自己表現をされ、本格的なプロレスの試合でびっくり
きっとかなりの練習を重ねてきたんだと思います
すごいです
そして、九州プロレスのプロレスラーによる試合も行われました
↑ 個性豊かなレスラーの皆さん
↑ 先日会社に来られたばってん×ぶらぶらさん。
面白キャラで会場を沸かせていました
私の隣の席の方がばってんさんの高校の同級生の方だったんですが、高校の時からとっても面白い方だったらしく、高校卒業後はお笑い芸人を目指して東京に行ったそうです
そこからプロレスラーに転身されたそうですが、面白さは今も健在です
↑ 場外乱闘もあり、大盛り上がりの試合でした〜
最後はレスラー1人ずつの挨拶がありました。
↑ 中央でマイクを握っているのは、先日会社に来られた新人の野崎広大さん。
19歳ですが、立派に話していました
↑ 最後の締めは、やっぱり筑前りょう太理事長。
↑ 「8年前にNPO法人を立ち上げた時は、こんな景色が見れるなんて夢にも思っていなかった」と涙ながらに熱く語っていました
立ち上げから8年。
今までに500の施設慰問をされたそうです
プロレスラーに会って、並はずれて鍛えられた大きな体を見ると、私たちでも興奮します
施設のおじいちゃんおばあちゃんも、そんなプロレスラーの体を触ったり、ハグされたり、お姫様ダッコをしてもらったりすることで、とっても素敵な笑顔をされます。
本当に素晴らしい活動だなと思わせていただきました
九州プロレスの皆さん、これからも「九州ば元気にするバイ!!」の理念のもとに、たくさんの元気を届けてくださいね
応援しています
先週から今週に会ったことを、まとめてご報告いたします

先週のバレンタインデーの日、NPO法人九州プロレスのプロレスラーが会社に来られました


九州プロレスは高齢者施設や児童養護施設などへの慰問活動を積極的に行っていて、五十番食品もその活動を僅かながら応援させていただいています。
今回はばってん×ぶらぶらさんと、新人の19歳の野崎さんが会社に来られました。
ばってんさんは筑紫野市出身ということで、うちの担当プロレスラーです


定期的に会社に来られて、活動報告等をしてくださいます。
バレンタインデーだったので、お二人には世界に限定30個しかない“プレミアムチョコ”をプレゼントしました〜



↑ 私の顔写真入りブラックサンダーです


喜んで・・・いただけたかな??
そして一緒に写真を撮っていただきました。

↑ ばってんさんのリクエストで、常務にも写真に入ってもらいました


人気者の常務です


ばってんさんと野崎さんの手には、私の渡したプレミアムブラックサンダー

ありがとうございますっ


※新人の野崎さんのブログ「唐津っ子ブログ」に、会社に来れれた時のことを記事にしてくださっていました

ありがとうございます


http://ameblo.jp/k0819t0703/entry-12248298877.html
九州プロレスは、この度通算500施設の慰問を達成されたということで、昨日後援企業を集めての感謝の集いが行われました。
その様子は、次回ブログにてご報告させていただきます

※九州プロレスは高齢者施設や児童養護施設等への慰問活動を無料で行っております

興味のある方は、こちらのページをご覧ください。(↓)
http://kyushupro.blog.fc2.com/blog-entry-932.html
2017年02月14日


今年は社員のために“ちょっと変わった”チョコを用意しました



↑ ダンボールには「My ブラックサンダー」の文字。
中を開けると・・・

↑ 何やらびっしり入っています

1個取り出すと・・・

↑ ジャジャーン

なんと

ブラックサンダーの袋に五十番のパンダがプリントされています


まさに五十番食品&ブラックサンダーのコラボです

しかも、これだけではないんですっ

もう一つ取り出すと・・・

↑ ワオ

今度は私の顔写真がっ




↑ 世界に一つだけしかない五十番オリジナルのブラックサンダーです




すごいでしょ〜


これは「My ブラックサンダー」のサイトから簡単に作ることができるんです。
http://decoto.jp/blackthunder/
有楽製菓のホームページを見ていたらたままた見つけて、バレンタイン用に早速作りました。
お昼休みにサプライズで会社のみんなに配ったら、予想以上に驚いて喜んでくれました




中には「食べれない〜」という人も。
よかった〜


ちなみに、パンダが社員用で、私の顔は外で配る営業用


私の顔は少ししか作っていないので、貰った方はかなりレアですヨ


それにしてもブラックサンダーにこんなサービスがあるのは本当にびっくりしました

パッケージでこんなに人を驚かせたり喜ばせたりすることができるなんて、同じ食品メーカーとしても大変勉強させていただきました


来週、このブラックサンダーを製造している有楽製菓の社長の講演会があります。
http://blog.livedoor.jp/panda50ban/archives/1886683.html
お話を聞くのがますます楽しみになりました


五十番ブラックサンダーも社長に見せたいと思います


2017年02月07日
入社してもうすぐ1年

今年の4月からは先輩になります


そんなEくんが毎日書いている日報。
今日の目標と、成果と課題、上司からのコメントを書いてもらうようにしていますが、Eくんの面白い文章にいつも癒されています


昨日の日報には・・・

「明日健康診断なのでプリントを忘れない」
と書いてありました。
(「忘れない」を「覚れない」と間違えて書いていて、常務から赤ペンで訂正されています・・・

そして本日の日報には・・・

「忘れず持ってきました。初めての診断でしたが、身長が気持ち小さくなっていました・・・。」
と書かれてありました


いつもプッと笑わせてくれるような文章を、本人は意識しているかは分かりませんが毎日書いてくれています


これを読んだ常務が「毎日仕事で重たいもの持ってるから身長が縮んだんじゃないと


Eくんの日報を読む時間が、私のちょっとした癒しの時間です



↑ 私も赤ペン先生ならぬ緑ペン先生で、毎日コメントを書いています。
下手な絵も頑張って書いています


この一年間で、日報を通してもEくんの成長が見て取れて本当に嬉しく思います


4月からどんな先輩になるのか本当に楽しみです


2017年02月06日

連載で五十番食品の歴史をご紹介しています


(過去の記事はこちら ↓ )
五十番食品の歴史 1 〜創業時代〜
五十番食品の歴史 2 〜新事業へのチャレンジ〜
五十番食品の歴史 3 〜大きな決断〜
五十番食品の歴史 4 〜いよいよ点心開発へ〜
五十番食品の歴史 5 〜中華点心で販路拡大〜
五十番食品の歴史 6 〜意外な商品の開発〜
五十番食品の歴史 7 〜最初で最後の仲人〜
五十番食品の歴史 8 〜設立10周年記念パーティー
五十番食品の歴史 9 〜毎週水曜日の食事会〜
前回の「五十番食品の歴史 9」では、父が社員とのコミュニケーションの場として始めた毎週水曜日の食事会についてお話ししました。
この時代の会社は、「五十番食品の歴史 6」でもご紹介しましたが、「中華点心」と「うどん」という全く違う商品を1つの工場で製造していました。
うどんは、うどんの生地をこねて丸めたもの(「ぼうず」と呼んでいたそうです)と、うどんの返し、返しを希釈したダシを製造し、うどん屋さんに卸していました。
ダシは、うどん屋さんがお持ち帰り用として販売できるように、一人前分をペットボトルぐらいの大きさのチューブに入れて販売していました。
チューブに入れたダシは、お湯を沸かした大きなシンクの中に入れて煮沸殺菌し、そのあとに流水で冷却するという作業をしていたため、工場では毎日大量の水が必要でした。
水道代がとても高くつき、父は地下水を掘り当てようと工場の敷地内をボーリングしましたが、掘り当てた地下水は水質が悪く使えなかったそうです


父はいつも「水道代がバカにならん



父にとって「水の問題」は、ずっと頭を抱える大きな問題でした。。。
そして、ダシについてこんなエピソードを常務から聞きました

当時の常務は、うどんのダシを作り、煮沸消毒して冷水で冷やす作業を行っていました。
ダシを作ってチューブに充填する作業と、煮沸消毒して冷水で冷やす作業は、同じ敷地内でしたが別の建物の中で行っていたので、常務はチューブに入ったダシをコンテナに入れて台車にのせ、一旦外に出て冷水で冷やす作業をする建物まで運んでいました。
台車に高くコンテナを積んで運んでいましたが、道の途中にマンホールが5センチくらい盛り上がった場所があり、いつもそこに台車のタイヤがちょうどはまり、コンテナが倒れそうになっていたそうです。
ある日も、台車で運んでいる時にちょうどマンホールのところで台車のタイヤがはまってしまい、コンテナがものすごい音を立てて倒れてしまったそうです。
ちょうどその時2階の社長室に父がいたらしく、窓を開けて大きな声で「何しよるとかー




しかもそれは一度や二度ではないそうです



(↑ 相当色褪せてしまっていますが、右建物の2階が社長室でした)
・・・と、常務が当時の思い出をしみじみと語っていました。
当時は父の剣幕にしびれあがっていたでしょうが、今では良い思い出のようです


このように当時は「水」の問題を抱えながらも、五十番食品はうどんと中華点心の製造を両立させながら進んでいくのでした。
・・・続く。