2011年12月

2011年12月24日

今日はクリスマスイブです

画像 356252← 朝会社に来ると、社長室のドアノブに何かがかかっていました。

近づいて見てみると・・・



画像 356253← なんとなんと赤い靴下です

赤い靴下に入ったプレゼントをもらったのなんて、たぶん幼稚園以来ぶりです。

びっくりして中を覗いてみると・・・

画像 356255← サンタクロースならぬ「パンダクロース」からのプレゼントが入っていました

名前は書いていませんでしたが、こんなことする社員はHくんぐらいしかいないので、「プレゼントありがとうございます」とお礼を言ったら、「なんのことですか?」ととぼけていました

本当にありがとうございます


今日は土曜日のクリスマスイブという最高の日並びですが、繁忙期の五十番食品は一日お仕事です。

クリスマスイブに仕事をしてくれる社員やパートさんに少しでも喜んでもらおうと、クリスマスプレゼントをあげることにしました

画像 356257← プレゼントは大好きな「パティスリー イチリュウ」で購入。

全部で60個あります

そしてそして・・・

画像 356259← 常務にサンタクロースの格好をしてもらいました

あまりにも似合いすぎていて、私は終始笑いが止まりませんでした

常務には昼休み前に事務所のドアの前にスタンバってもらい・・・

画像 356266← お昼休みに工場から上がってきた社員とパートさんに「メリークリスマス」と言いながら、ひとりひとりプレゼントを手渡ししてもらいました

画像 356271← みんなびっくりするやら笑うやら唖然とするやらで、本当に大盛り上がりでした

大成功です

「一緒に写真を撮りた〜い」というリクエストもあり、

画像 356269画像 356270






↑ 笑顔でパチリ

「常務、今からこれを着てください」とサンタの服を見せた時には「もー勘弁してよー」と言っていた常務ですが、まんざら嫌でもなさそうです

画像 356260← 最後に常務サンタクロースの全身写真。

見るだけで笑ってしまうこの写真が、私にとっては今年一番のクリスマスプレゼントです

常務、社長のわがままに付き合ってくれてありがとうございます

来年もよろしくお願いしますネ

2011年12月23日

今日は祝日ですが、五十番食品の工場は稼働しています

12月は一年間で一番の繁忙期で猫の手も借りたいほと忙しいので、今日は私も久しぶりに工場に一日入って仕事をしました

今日は手包みの肉まんを製造していました。

久しぶりに肉まんを何百個も手包みしたら・・・指がつりそうでした

今もパソコンのキーボードを叩くのもきついくらい、腕がこわっています
(「こわる」って博多弁かな・・・?「筋肉痛になる」というような意味です)

うちの工場の仕事は、正直ラクな仕事ではないと思います。

一日中立ちっぱなしだし、手作業の仕事が多いし、力仕事もあるし。。。

久しぶりに現場で仕事をして、改めて毎日働いてくれている社員やパートさんたちに感謝の気持ちが持てた時間でした

今年もあと僅か

悔いのないよう精一杯仕事をしたいと思います


2011年12月21日

今日12月21日は、五十番食品の設立記念日です

昭和49年の12月21日に、初代社長 王基樹が「有限会社 五十番食品」を設立しました。

自分で創業したわけではないので、正直今まで12月21日を特に意識したことはなかったんですが・・・

昨日うちの社員から「明日は会社の設立記念日ですよ」と言われてハッと気づいた次第です。。。
(社長としてお恥ずかしいです・・・

会社の創業は私の生まれる前で、私にとって「五十番食品」は生まれた時にはすでにあったもの。

昔は会社と自宅が同じ場所にあったので、学校から帰ったらランドセルを背負ったまま工場で働いている母のところに「ただいまー」と帰り、

日曜日は父が工場でひとりで何か商品を試作しているのを見学したり、油条の製造をしている時には、生地をふたつ重ねて真ん中を棒で押すのを手伝ったり・・・

と、それが当たり前の日常でした。

私が10歳の時に自宅を別の場所に引っ越したので、それからは父の働く姿を間近で見ることはなくなりました。

そして私が12歳の時に父は亡くなったので、私の記憶にある「父の働く姿」は、物心ついた5歳くらいの時から10歳までのほんの数年です。

今の私だったら父に聞きたいことがいっぱいです。

創業しようと思ったきっかけは何だったのか、どんな想いで創業したのか、将来の会社にどんな夢を描いていたのか、どんなことが一番苦しかったのか、どんなことが一番楽しかったのか、どんなことで悩みそれをどう乗り越えたのか・・・。

しかし、幼い頃の私にとっては「五十番食品」は当たり前に存在するもので、父が「社長」であることも当たり前のことで、そんなことを父に聞こうと思ったこともありませんでした。

私が「社長」としての父の姿を知るようになったのは、五十番食品に入社してからです。

父のことを知っている昔からのお客様や、父の代から働いている常務や工場長から、父のエピソード話をたくさん聞く機会をいただきました。

今まで家庭内での父の姿しか知らなかったのが、外でどんな社長をしていたのかを知ることができるようになりました。

父は亡くなって20年以上経った今でもたくさんの方の記憶に強く残っていて、皆さん本当に懐かしそうに父のエピソードを語ってくれます。

本当に豪快ではちゃめちゃでユニークで破天荒でものすごい努力家で、自分の体を張って人生を生き切った、まさにそんな社長です

そしてそんな話を聞いていると、社長としての「王愛」として社長の「王基樹」に会って話をしてみたいな〜と思ってしまいます

きっとものすごく尊敬できる、大好きな社長になるんじゃないかな〜と思います

今日が会社設立37周年。

ここまで会社が続いてこれたことに本当に感謝です。

これからも更に歴史を重ねていけるよう、努力していきたいと思います。


昨日は福岡を中心に活躍するプロレスラー、NPO法人 九州プロレス筑前りょう太さんがなんと五十番食品にやって来られました

九州プロレスは、老人ホームやデイケアセンターなどへ慰問して、おじいちゃんおばあちゃん方を元気にする活動を積極的に行っています。

画像 356252← 五十番食品もわずかばかり応援させていただいているので、今日は筑前さん自ら一年間の活動報告をしにわざわざ会社に来て下さいました

今年も20を超える施設を訪問して、たくさんのお年寄りの方々を元気にすることができたようです

来年は慰問回数を更に増やして、もっともっとたくさんのおじいちゃんおばあちゃんを元気にしたいと、意欲を語っておられました

画像 356250← 会社にプロレスラーが来るなんて初めてのことです

せっかくの機会なので、お決まりの「九州ば元気にするバイ!」のポーズで一緒に写真を撮っていただきました。

昨日は今年一番の寒さだったと思うんですが・・・自ら上着を脱いで素晴らしい肉体美を披露してくださいました

画像 356251← 常務ともツーショットです

いい感じに撮れています

本物のプロレスラーを間近で見た常務は、筑前さんの体をしげしげと眺めながら「肌がきれいやねぇ」と言っていました

筑前さんには、以前「プロレス体験型営業研修」でもお世話になり、社員全員を鍛えていただきました。

リングの上で自分の限界に挑戦するプロレス研修、とってもオススメですよ〜

昨日は筑前りょう太さんにご来社いただいて、五十番食品もたくさんの元気をいただきました

これからも九州ば元気にする活動、頑張ってくださいネ


2011年12月20日

画像 356223← 今日工場に入ると、新しく買い直したばかりのフライヤーで油条を揚げていました

今日が初おろし

新品はピカピカでキレイです

画像 356230← 油条の製造工程をご紹介します

まず、麺棒を使って生地を細長く伸ばします。



画像 356234← 細長く伸ばした生地を、包丁を使って均等の大きさに切っていきます。

さすが職人技

幅が揃ってます


画像 356238← 切った生地をふたつ重ねて、真ん中を棒で押さえます。

真ん中を棒で押さえた生地を横にひっぱって伸ばし、油の中に入れていきます。

この工程は文章で説明するのが難しいので、動画でご紹介します
(↓ 下の動画をクリック!)



画像 356240← 油の中できつね色になるまで揚げます。

真っすぐに揚げるのは難しいんですが、ベテランのパートさんがキレイに揚げていきます。

画像 356242← こちらが揚げたての油条。

揚げたてはそのまま食べても適度な塩味がきいて美味しいですよ

ところでどうしてフライヤーを買い直したかというと・・・

先週「フライヤーから変な匂いがする」と報告を受けて業者さんに見てもらったところ、中が修理できないくらいボロボロになっていたそうです・・・

15年も使っていたそうなので、仕方がないですね。

しかし業者さんに言われて嬉しかった言葉が、

「普通はどこのフライヤーも油でギトギトに汚れていて、古いフライヤーを引き取るのは本当に気分がのらないけど、五十番さんのフライヤーは本当にキレイでびっくりしましたこんなにキレイにフライヤーを使っているところは初めて見ました

と言われた言葉です。

毎回丁寧に掃除をして使ってくれていたからこそ、逆に15年もの長い期間使えたのかもしれません

道具や機械を丁寧に使ってくれている社員に感謝です


最後に・・・ふたつの生地を重ねて油で揚げる「油条」ですが、その怖〜い伝説をご紹介させていただきます

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12世紀に、中国の北方民族が、当時の中国の王朝に攻めて来て、宋軍は連戦連敗で、淮河以北の地を奪われてしまった。

正規軍はアテにならないと、いくつもの義勇軍が立ち上がり、中でも金軍や、反乱軍の鎮圧で連戦連勝、勇名をはせたのが、岳飛(ガクヒ)率いる岳家軍

武力で宋を滅ぼすのは難しいと考えた金は、1130年、捕らえていた宋の役人、秦檜(シンカイ)を宋へ送り込む。

1131年、宰相となった秦檜は、岳飛ら主戦派を徐々に押さえ込み、1141年主戦派の急先鋒、岳飛を初めとする岳家軍の幹部を、無実の罪で逮捕し、処刑してしまった。

翌年、金と宋は、金への朝貢と言う屈辱的な紹興の和議を結び、以後20年くらいの平和な時が続く。

人々は、英雄岳飛(ガクヒ)将軍を悼み、殺害した秦檜(シンカイ)夫妻を憎み、2本くっついた油条を秦檜(シンカイ)夫妻に見立て、油で揚げる事(釜茹での刑)で、岳飛将軍の恨みを晴らした。

(↓ こちらの記事を参考にさせていただきました)
http://majin.myhome.cx/pot-au-feu/dataroom/foods/bread/fried_dough/fried_dough.html
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