2021年10月12日
お陰様と感謝の心
先週、経営者団体の勉強会に参加してきました。
そこで素晴らしいお話を聞かせていただきました

ひと言でいうと「お陰様と感謝の心」の大切さです。
仏教に「因果」という言葉があります。
「因果応報」などと言いますね。
原因と結果。
善因善果、悪因悪果。
善い因からは善い果が、悪い因からは悪い果があらわれる、という言葉通りの意味です。
また、「因縁」という言葉があります。
「因」は直接の原因、「縁」は間接的な原因。
植物に例えるならば、因が「種」で果が「実」です。
種が必ず実を結ぶかといえば、そうではありません。
土に植えて、水もあげて、時には肥料もあげて・・・太陽の光も不可欠です。
そういった土や水や太陽などに当たるものが「縁」になります。
因が自分と考えた時に、何か結果を出した時に「自分の力だけでやったんだ
」と思う傲慢な心は、この「縁」を忘れた状態にあります。
自分が「誰のお陰様」で今ここにあるのか、その縁を決して忘れてはいけません。
例えば「〇〇さんのお陰で上手くいきました
」「〇〇さんのお陰様です
」と言われた時に、嫌な気持ちになる人はいません。
そして「〇〇さんのお陰様です」と言われたその〇〇さんは、絶対にその人の背中を押す応援者になります

しかし、「誰の世話にもなっていない。全部自分の力でやったんだ
」と言っている人を、応援しようとは誰も思いません。
そんな人からは、どんどん応援者が離れていきます。
なので、積極的に「〇〇さんのお陰様です
」と自分の「縁」に対してお陰様の心を持ち、そこに「ありがとうございます
」という感謝の気持ちをしっかりと表していけば、自分の背中を押してくれる応援者がどんどん増えて、物事がどんどん良い方向に向かう、というお話でした

本当にそうだなぁと思わせていただきました。
どんな小さなことでも、自分一人の力で出来ることなんて何一つありません。
人もそうですが、物もです。
いろいろな人、いろいろな物に支えられて、今の自分があります。
例えばご飯を食べる時も、「このお米のお陰で私は生きていけるんだ。お米さん、ありがとう
」と思いながら食べれば、お米さんも「よっしゃー
」と体の中ですごく働いてくれて、良い栄養となって、体もすごく元気になりそうな気がします

人や物に対する「お陰様と感謝の心」、忘れずに生きていきたいです。
そこで素晴らしいお話を聞かせていただきました


ひと言でいうと「お陰様と感謝の心」の大切さです。
仏教に「因果」という言葉があります。
「因果応報」などと言いますね。
原因と結果。
善因善果、悪因悪果。
善い因からは善い果が、悪い因からは悪い果があらわれる、という言葉通りの意味です。
また、「因縁」という言葉があります。
「因」は直接の原因、「縁」は間接的な原因。
植物に例えるならば、因が「種」で果が「実」です。
種が必ず実を結ぶかといえば、そうではありません。
土に植えて、水もあげて、時には肥料もあげて・・・太陽の光も不可欠です。
そういった土や水や太陽などに当たるものが「縁」になります。
因が自分と考えた時に、何か結果を出した時に「自分の力だけでやったんだ
」と思う傲慢な心は、この「縁」を忘れた状態にあります。自分が「誰のお陰様」で今ここにあるのか、その縁を決して忘れてはいけません。
例えば「〇〇さんのお陰で上手くいきました
」「〇〇さんのお陰様です
」と言われた時に、嫌な気持ちになる人はいません。そして「〇〇さんのお陰様です」と言われたその〇〇さんは、絶対にその人の背中を押す応援者になります


しかし、「誰の世話にもなっていない。全部自分の力でやったんだ
」と言っている人を、応援しようとは誰も思いません。そんな人からは、どんどん応援者が離れていきます。
なので、積極的に「〇〇さんのお陰様です
」と自分の「縁」に対してお陰様の心を持ち、そこに「ありがとうございます
」という感謝の気持ちをしっかりと表していけば、自分の背中を押してくれる応援者がどんどん増えて、物事がどんどん良い方向に向かう、というお話でした

本当にそうだなぁと思わせていただきました。
どんな小さなことでも、自分一人の力で出来ることなんて何一つありません。
人もそうですが、物もです。
いろいろな人、いろいろな物に支えられて、今の自分があります。
例えばご飯を食べる時も、「このお米のお陰で私は生きていけるんだ。お米さん、ありがとう
」と思いながら食べれば、お米さんも「よっしゃー
」と体の中ですごく働いてくれて、良い栄養となって、体もすごく元気になりそうな気がします

人や物に対する「お陰様と感謝の心」、忘れずに生きていきたいです。
